
2025.11.21
なぜ木造だけがこんなにややこしいのだろう、と思うことがある。構造設計者に聞いても、鉄骨造<RC造<木造の難易度であるという。これは竹中工務店(ゼネコン)設計部出身の筆者からしても甚だ同意であるが、私が在籍していた頃は、まだ国策による木造至上主義の時代ではなく、木造の設計はゼネコンでも珍しいものであった。故にアトリエ設計事務所として独立した際は、木造の設計実績は当然ゼロ、しかしながら仕事の規模は当然小さくなるわけで、運よく知り合い伝手の個人住宅や、東大との共同設計によるサ高住などの仕事が舞い込み設計を手掛けることとなったが、工事費や規模の観点から木造一択。一から勉強し直したことが記憶に新しい。
かくして、木造建築の数をこなせるようになり、その規模も少しずつ大きくなってくると、木材の性質や法解釈、場合によっては補助金や調達の問題にぶつかる。私たちが手掛けている「間々田中央保育所」と「佐元工務店新社屋」は、まさに木造中規模であるが故の悩みがあった。
前者の間々田中央保育所は栃木県小山市の1,500㎡の木造平屋建て、Jの字をした平面形状が特徴の保育所で、ランチルームとその他諸室(保育室)が内側と外側に分かれた明快なプランニングとなっている。木架構も形状に追従するよう美しい曲面を描き(直線の集合による曲面の展開)、県産材の調達やヤング係数を木材組合と協議しながら、地域に貢献する姿勢も取れた。
間々田中央保育所 県産材による曲面架構
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間々田中央保育所 Jの字型の保育所
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ここまででも十分ややこしいプロセスではあったのだが、何を隠そうこの保育所、本邦初の純然たるロ準耐なのである。木育という意味でも木材の現しを行う建築事例は多いが、その全てがイ準耐であり、つまりは燃え代設計なのである。燃え代設計は、柱や梁が2サイズ以上太くなり、子供たちの小さなスケールを逸脱しているように感じたため、ロ準耐を選択した経緯があるが、ロ準耐はそもそも木造を想定していない。外壁耐火、外壁自立が求められるロ準耐では、柱と梁の間にメンブレン(PB21mm+21mm)を構成しなくてはならず、在来仕口による架構が組めず、不燃材料である鉄骨ピースによって緊結しなければならない。こうした新しい試みは、施工者や行政も不慣れであることが多く、設計者が細かい詳細図と分厚い計算書を元に、多方面に理解を得なければならない難しさがある。しかしこうしたややこしさの先にある建築空間は、どこまで効果があるかの検証は難しいものの、中規模木造現し保育所の新しいスケール感を獲得することになると思う。
間々田中央保育所 メンブレンによる21mm+21mmの隙間
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間々田中央保育所 外観
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後者の佐元工務店新社屋は、宮城県仙台市の地元に根差した建設会社新社屋の計画である。750㎡、2階建ての木造社屋であるが、ここでは「みやぎCLT等普及促進事業補助金」を活用した県産CLTの使用が求められ、単にCLTを用いるだけでなく、構造にも意匠にもCLTが活きるように在来構法との併用を考慮する必要があった。ここでの問題は、県産CLTを製造できる会社が1社しか存在せず、加工機材の関係で、MAX長さ6,000mm、幅1,200mmまでしか製造できないことであった。そこでせっかくだから、製造できる限界サイズのCLTを現しのまま、2層を貫いて建築空間に取り入れるダイナミックな計画を発案したことで、ここから構造設計者と共に茨の道を辿ることとなる。結果としてこれも本邦初のCLT屏風建て(壁勝ち)在来構法併用ルート3が実現したわけだが、やはり「初めて」には苦労が付き物。通るか通らないかわからない適判(と表現すると言い過ぎだが、BCJには多大なる解釈と理解を賜った)とタイトなスケジュールに身も心も擦り減らしながらも、具体な建築空間への想像がモチベーションを保っていた。そして在来軸組とは異なるスケールの大きなCLTを、補助金採択事業としてその地域における最大製作寸法で用いることは、宮城県としても建設会社としても、誇れる物語であることは言うまでもない。
佐元工務店 6mCLTと在来軸組の併用
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佐元工務店 6mCLTを在来軸組により現れるリズミカルなファサード
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こうして私たちが手掛けている「ややこしい中規模木造建築」を振り返ってみると、そこにはスケール感の異なる、チャレンジングな「現し」がテーマになっていることに気づく。木材を現しで用いることがややこしさにつながっていることに疑いの余地はないが、どのようなメッセージを持って木を現すのか、その思考に没頭しているのである。
考えてみると、RCや鉄骨を現しで用いる建築表現は、しばしばブルータリズムと呼ばれることがあるが、木造においてはそれがない。ブルータル(brutal)の持つ「猛々しさ、荒々しさ」といった意味合いとは対極にある、「暖かみ」や「柔らかさ」といったコレクトネスなキーワードがはびこっているからである。もちろん、一般的にはそうした政治家の如く耳障りの良いキーワードで木造建築をプレゼンすることが吉となり得ることはあるだろう。しかし建築家たる者、おいそれと長い物には巻かれてはならない。木造ブルータリズムの精神で木造建築を空間・概念から捉え直し、物質としての試行を繰り返さなければならないだろう。そのアウトプットが、木造1,500㎡ロ準耐、CLT屏風建て在来構法併用ルート3から生まれる空間なのである。
(齋藤隆太郎/DOG)
【経歴】

齋藤隆太郎
1984.01 東京都生まれ
2006.03 東京理科大学工学部建築学科卒業
2008.03 東京理科大学大学院工学研究科建築学専攻修了
2008.04-2014.03 株式会社竹中工務店設計部
2014.04 株式会社DOG一級建築士事務所設立
2021.03 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士後期課程修了 博士(工学)
2021.08-2022.03 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 特任研究員
2022.04-2024.03 東北工業大学建築学部建築学科 講師
2022.04-2024.03 東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
2024.04- 東北工業大学建築学部建築学科 准教授
DOG 一級建築士事務所
【主な受賞歴】
2025.11 2025年都市住宅学会賞 業績賞
2023.04 住宅建築賞2023 金賞
2022.01 第47回東京建築賞 優秀賞(戸建住宅部門)
2019.12 住まいの環境デザイン・アワード2020 審査員特別賞
2019.11 2019四国化成空間デザインコンテスト グランプリ
2017.11 第61回神奈川建築コンクール アピール賞(環境)+建築安全協会賞
2017.10 U-35 Architects exhibition 2017 入選・展示
2017.05 第1回JIA東北支部空き家・空き地コンペ 優秀賞
2016.07 SDレビュー2016 入選
2015.09 六甲ミーツ・アート芸術散歩2015公募大賞 奨励賞
2015.07 SDレビュー2015 入選
【プロポーザル】
2025.06 吉富町多世代交流型複合施設プロポーザル 次点
2024.06 友愛幼稚園新園舎プロポーザル 最優秀
2024.05 保育園らしくない保育園プロポーザル 最優秀
2023.12 UR八潮団地外壁修繕その他設計プロポーザル 最優秀
2023.11 間々田地区新設保育所プロポーザル 最優秀
2023.08 海のにぎわい創出プロジェクト休憩交流施設プロポーザル ファイナリスト
2022.12 島根県美郷町新たな若者定住住宅プロポーザル 最優秀